こんばんわ!

いぬい氏です。

今日も3年生最後の授業ということで、教科書の一部のページについて自分で授業を行ってもらっていた時のことでした。

A「大人って自分たちの価値観を押し付けすぎだと思うんですよ

B「おぉ…。確かにそうかも

A「こうしろ、ああしろいろんなことを言ったりして、自分たちが全然考えられへんように見てるんかもしれへんけど、そうじゃないところもあって

B「確かに確かに。

C「そうだよねぇ

い「たしかに、大人の価値観を押し付けてばっかで、生徒の主張ってあまり聞かれることないよなぁ

A「大人には大人の考え方があるように、子どもには子供の考え方がある。そこをもっと大事にしてほしいのに

B・C「👏」

A「お…おぅ。なんで平和の話からこんな話になってきたんやろ(笑)

い「Dが話聞いて、めっちゃ引いてるで?びっくりしてって意味やとは思うけど

青年の主張というのがふさわしいような、生徒たちの会話の中で、こんな話が出る。なかなかないことだなぁと思って思わず、少しの時間ですが聞き入ってしまいました。

さて、こうした話。「子どもの世界やなぁ」であったり、「大人の世の中のことをなんも知らないからそんなことを言えるんだ」と言って、切ってしまってはそこまでだと思います。

大人?(学校の先生?)の口癖に「あいつには無理だ」「向いてない」「できっこないって」という言葉を聞くことがよくあります。

課題はその人が「どう乗り越えていくか」というものだと思います。学校の先生をしながらもどかしさを感じるのはこの「無理」であることにチャレンジする可能性を示せないことが一つなのかもしれません。

どうなりたいの?その道に進むには、「こんな道やこんな道があって、なった先にはこんな未来が待っていて」そんなイキイキワクワクできる未来が想像できる手助けができないことにもったいなさを感じます。

親でも教師でも、大人は「可能性の領域を広げていく」支援が子どもにできれば最高だなぁと感じます。「表現する力」「1つ1つの経験の意味づけを振り返る力」「計画を立てて、未来につなげていく考え方」そんなものがきっちり身についていれば、もっと豊かに生きられる。

そんな風に感じていました。

大人としては「君は君の生き方を生きていけばいい。大人の自分はその生き方を最大限手助けできる限りしていくから

そんな風にかかわっていきたいものですね。

それではまた!

投稿者プロフィール

いぬい氏
いぬい氏
小学校・中学校でいじめを受け、自分のことが大嫌いだった。大学受験にも失敗し、希望も持てなかったが、大学での恩師との出会いが自分を変えていった。2015年より教師となり社会科教員として勤めながら「いじめ0」に向けて映画館にて年間50本以上の映画を見、レジェメを発信し続ける。
全ての子どもたちが「安心でき、良さを発見でき、成長を感じられ、サポートする立場になれる」よう共に育ち共に学ぶ共育スペースを創設する目標に向けて日々邁進中。