こんばんわ!

いぬい氏です!

今日は出張だったこともあり、母校の大学を訪れて、大学の先生や学生と「教育」についてや「家族」について議論していました。

その中で出てきた疑問から。

い「独裁は悪いことか?について深めてきたり、経済合理性を最優先にする開発独裁が悪いものなのか。など議論をしてきましたけど、教育における理想像を先生はどうお考えなんですか?

A「組織においては、一般的に、支配と服従の関係性にあったり、契約に基づいて、労働を強いられる状態になる。だけれども、労働上の命令にどこまでの正当性があると思いますか?

い「う~ん。確かに支配と服従の関係性で学校の先生が進められているっていうのはどことなく感じるところですが…

A「実際問題、学校の先生が子どもに情操教育を行う時、どうしても、正しさありきで、「適応」を優先して教育するでしょう?

い「はぁ。なるほど。では、先生の理想は?

A「批判力を身に着けること、そのためには「要約する力⇒受容する力⇒批判的にとらえる力(受け入れる場合もそうでない場合も)」この段階で「自己主張する力」を育てていくことが大事じゃないでしょうか?

い「適応ではなく批判的に見て、自己主張できる…なるほど

A「実際問題これを実現するためには教師も生徒も同僚であるという考え方にならないと難しいので、実現までにはかなりの道のりがかかるかもしれませんがね

自己主張できる力。そのためには「教師と生徒」の関係性では難しい。課題に対して議論できる力が必要だ。という事だと感じていました。この後さらに議論は続いていきます。

A「そもそも、学校というのはどんな力を身に着けるための場所なのでしょうね?

い「学力…だけではないですもんね。人間関係をいかにしてうまく適応するか?ということは鍛えられていると思います。一方で、自分の夢の実現に向けて活動していくといったあたりは弱いのかもしれません

A「そう。それは近年の学校における教育が、中学校段階で「社会に出て働く」ことを目的とする教育から、高校ステージへと上がらせる進学スタイルに変化してきたからだと思います

い「!!!。なるほど。確かに中学校卒業段階で仕事に就くことをイメージした教育にするとしたら、内容が大きく変わってきそうですもんね

A「そうですねぇ。こうやって大学までやってきた人は、いきなり大学で、意思決定を求められる。けれど、これまで適応ばかり鍛えてきた人たちはうまくいかなずにアルバイトやサークルなどに一生懸命になる人が多いですね

B「確かに、ぼく自身が大学に入ってきたときも、大学で何をするのか?というイメージをほとんどないままに、受験に受かったらという気持ちで勉強していたかも

Bは大学4回生でちょうど大学生活を振り返ってみたら、「自分の意見を主張する」ということでうまくいかなかった。と教えてくれました。

こうして大学の先生や大学生とお話ししてみると、「自分の意見を主張する」訓練を受け、「適応」ではなく「抵抗」できる力を身に着けることが一つの教育目標として挙がっている。

そして、それを実現するためには大人も子供も共に学び、共に成長していける「共育」活動でないと、難しい。そう感じていました。

ただ、難しい話を難しいままにとらえても仕方がありません。

まずは「自分自身の理想像」をイメージしてみる事から。もっと自分自身が何を大切にしたくて何をして、生きていきたいのか。そこに関心を持つことが第一歩だと思います。(大切なことなので、良く伝えているようにも思いますが)

自分の理想を思い描くことが難しいのなら、「今日の1日」をポジティブにもネガティブにも振り返ってみてください。きっと、1日が違った見え方になってきますよ。

それではまた!

投稿者プロフィール

いぬい氏
いぬい氏
小学校・中学校でいじめを受け、自分のことが大嫌いだった。大学受験にも失敗し、希望も持てなかったが、大学での恩師との出会いが自分を変えていった。2015年より教師となり社会科教員として勤めながら「いじめ0」に向けて映画館にて年間50本以上の映画を見、レジェメを発信し続ける。
全ての子どもたちが「安心でき、良さを発見でき、成長を感じられ、サポートする立場になれる」よう共に育ち共に学ぶ共育スペースを創設する目標に向けて日々邁進中。