こんばんわ!

いぬい氏です。

今日は掃除時間やほかの先生から伝聞でたまたま聞いた「先生の授業は面白い。でも、教科書のことは難しくて面白くない」そんな風に言われるようになるまでの挑戦について振り返っていきます。

自分自身が受けてきた授業は「誰か意見はありませんか?」「挙手をすれば成績を上げることができますよ

こんな授業。この授業に確かに面白さがなかったといえばうそになりますが、「成績のため」に協力させられている。そんな風に感じていました。

教師になって1年目。右も左もわからない。だけど、社会科の担当は1人で進めていかなくちゃいけない。初任者についてくれていた先生は、「いい授業だと思うよ」という言葉をいつも投げかけてくれていました。でも、肝心の子どもたちの反応はいまひとつ。自分自身も楽しめないし、つらい思いばかりで、授業をしていました。

「テスト」や「授業」はしんどくて、苦しくて。どうしようもなくて…。悩み続けて。でも、授業はやってくるから、準備をして、こなしていかなければいけない。

他の先生の授業を見て、「あぁ。面白いなぁ。こんな授業ができる先生もいるのに、自分は…」なんていう事ばかりでした。

そんなことをしている間に1年間の授業が終わりを迎え、3年生は受験。教えるべき部分を終えて、素直に聞くことにしました。

どうすれば、もっといい授業になるか。どんな授業が受けたかったか。教えてくれへん?

おい、それ先生が考える仕事やろ。そう考えられた方もいるかもしれません。今も1年に1回は必ず聞くようにしているのですが、これが自分の変化の一歩目になったように思います。

感想の大半は「わかりにくい」・「どの資料の話をしているのかがわからない」。そんな話でした。

それならばと2年目。スライドを使って授業をし始めました。ITをつかったらわかりやすくならないか?準備は1年目と同じでまた0からのスタートでしたが、少し変化がみられるようになりました。でも、「面白くない」「発言が出ない」という状況は続いてしまいました…。

理由は簡単「わかりやすくはなったけど、話が長い…

!?!?そうか。長いのか…。でも、説明しなあかんことはいっぱいあるし、必然的に話す必要性が出てくるような…。どうしたら…。

そうなっていながら、参考書や授業のプロが書かれている本を10冊くらい買ってみたり、TOSSの検定会場で授業を見学したりしながら気づいたことは「発問が変われば授業の世界が変わる」という事でした。

発問が大事だ」そんなことわかってるよ。でもさ、伝えるべきことを伝えないと受験で点数が…。

学力診断テストで全然点数が伸びず、教え方が悪いのだろう。と反省ばかりしています。(今も相変わらず、あまり高い点数をとれているとは言えないのですが…)

でも、思い切ってチャレンジしてみることにしました。「説明じゃなくて、考える授業」を作ろう。「正しい歴史認識を伝えることも大切だけど、子どもたちの価値観から想像するストーリーを信じてみよう」すると、授業が変わってきました。

「挙手を求めなくても発言が出る」「知っていることが共有され、『わからない』という発言も出やすくなる」⇒楽しさが増してくる。

こんな流れなんだと思います。

正直、これで成績が上がれば言うまでもないのでしょうが、それは、まだこれからの自分自身の「共育」における課題だと思います。

ただ、楽しさが増してくる流れを見ればわかるように、「教師自身の力で作り上げた」ものではないです。自分自身は授業のオリエンテーションの時にこう話しました。

授業の質を決めるのはどれだけ頑張っても先生は50%しか責任を持てないんよ。あとの50%は君たちがどれだけ一生懸命かかわって、考えてくれるかにかかっている」と。

こちらは全力を尽くして、楽しいと思う授業を提供する。でも、「考えるのは君たちなんだよ」。と。ストーリーを作るのは君たちなんだよ。と。

授業準備を一生懸命されている先生がたくさんいる中で、3年目にして「授業が楽しい」と言ってもらえる授業になったのは、この「相手50%・自分50%」の考え方を信じ、「生徒にゆだねること」を覚えたからかもしれません。

勇気がとてもいることかもしれません。けれど、「子どもが持つ可能性はとてつもなく大きいものだと思っています。その「可能性が発揮できる時間」だからこそ、授業も楽しめるのではないかなぁと感じます。

授業どんな風にしているのですか?気になる方は、コメントに書いていただければ、授業で使っている資料をそのままお送りさせていただきます。

教科が違うと全く生かせない。のかもしれませんが、「相手50%・自分50%」の考え方。ぜひ、参考にしてみてくださいね。

それではまた!

投稿者プロフィール

いぬい氏
いぬい氏
小学校・中学校でいじめを受け、自分のことが大嫌いだった。大学受験にも失敗し、希望も持てなかったが、大学での恩師との出会いが自分を変えていった。2015年より教師となり社会科教員として勤めながら「いじめ0」に向けて映画館にて年間50本以上の映画を見、レジェメを発信し続ける。
全ての子どもたちが「安心でき、良さを発見でき、成長を感じられ、サポートする立場になれる」よう共に育ち共に学ぶ共育スペースを創設する目標に向けて日々邁進中。