こんばんわ!

いぬい氏です。

今日からいよいよ3月ですね。今月は「感謝と橋渡し」を軸に、「有り難い」という言葉を考えていけたらなぁと思っています。

さて、今日は職員室でのお話の一場面から。

A
子どもになよく言うやん。勉強しろ!って。でも大人でも実際に勉強しろと言われるとなかなかうまくいかへんよなぁ。

A
TOEICのテストで一定以上のスコアを取らなければいけないって言われても、なかなか勉強に取り組めんし、やることはほかにたくさんあるってなるしなぁ。

B
それってゲームしてばっかりの生徒の考え方と全く一緒じゃないですか。

こんなお話がありました。そのお話を聞いたときに、「じゃあ何で勉強させるんだろう?」と気になったので、その後ほかの先生に聞いてみました。すると、

C
なんで勉強するって?生徒に聞かれたらどう返すか?って?そうやなぁ。義務教育っていうことは少なくとも国が決めた「世の中に出る上でこれだけは勉強しておきなさいよ」という基準を示してて、それを満たすってことのために今の勉強があるんや。 
C
やけど、この言い方やと、高校の先生つかえへんけどな。だって、高校は中途退学を選ぶこともできるし、少なくとも自由やからな。
いぬい氏
なるほど。それやったら、何で好きな勉強ばっかじゃいけないんでしょうか?好きな勉強ばっかで生きている人も苦労ももちろんしながらではありますが、着実に成長していって社会で頑張ってるようにも思うんです。
C
ん~。そうはいっても、実際好きな○○をするときにさ。△△に支えられていることとか、気づかへんやん?ちょっとずつ、高校、大学に上がっていくにつれ、社会とのかかわりとか、社会の枠に自分自身がはまっていく感覚みたいなんがわかってくるやんか。まだ、中学生っていうレベルでは難しいんとちゃうかなぁ。

こんなお話をしていました。確かに「感謝」に気づかない。ということはあるかなぁというように思います。大人が当たり前にすることは生徒にとっても当たり前。有り難いではないからです。支え合いなど当然の考え方としていろんな場面で発揮されている。とても素敵なことであると思います。一方で、「社会とのかかわり」が理解できていなければ、好きなことにチャレンジしていくことが本当に無理なのか?といえばそうでもないように感じます。

小学生や中学生の中にも「こうなりたい」「こんな力を身に着けたい」という子は間違いなく存在するし、親も「子育てが私のすべてなの」よりも「私はこんなことをまだまだ今からチャレンジしていきたいの」という感覚で生きたいと願っていると思います。

「感謝」がキーワードにある一方で、「わがまま」を発揮する生き方。それも一つの大切な生き方ではないかなぁ。なんて感じていました。

もっとわがままに生きていきたい。そんな人はぜひとも「自分自身の大切にしたい価値観を見つけましょう。」意識が変われば視点が変わる。視点が変われば、生活の様子が変わると思います。

それではまた!

 

投稿者プロフィール

いぬい氏
いぬい氏
小学校・中学校でいじめを受け、自分のことが大嫌いだった。大学受験にも失敗し、希望も持てなかったが、大学での恩師との出会いが自分を変えていった。2015年より教師となり社会科教員として勤めながら「いじめ0」に向けて映画館にて年間50本以上の映画を見、レジェメを発信し続ける。
全ての子どもたちが「安心でき、良さを発見でき、成長を感じられ、サポートする立場になれる」よう共に育ち共に学ぶ共育スペースを創設する目標に向けて日々邁進中。