こんばんわ!

いぬい氏です。

今日はメンテナンスのトレーニング。そして高校生の振り返りの1日でした。ただ、トレーニングのメンバーと一緒に集まった時のことです。

いぬい氏
おはようございます!
A
おはようございます。ご無沙汰ですねぇ。
いぬい氏
なんか今日はいい顔をされてますね。
A
そうかな?前にしゃべっている中で、いい気づきが得られたんですよ

ほんの一言ですが、会った瞬間にその人の印象って感じ取れますね。

そのトレーニングのセッションの中でこんなお話がありました。

とある企業にプレゼンをした4社がありました。プレゼンの内容はほとんど同じ。そんな時にどこを見て判断するか?

靴を並べるときにその人がどう靴を並べていたか?だそうです。個人的に今日、一番驚いたことでした。そうかぁ。そんなことを気にしてみられるんだ。と。

一方でトレーニング仲間と一緒にご飯に行った帰りでした。

いぬい氏
ここで降りてもらってもいいですか?駐車場まで行くと遠くなるんで。
A
いやいや全然かまいませんよ。気遣い感謝です。
いぬい氏
ほんまはじゅくの前まで送るのが普通なように感じていました。

なんていうことも。

どちらも気遣い、マナーのことです。中学生に対してもよく言います。「靴を並べないといけないよ」とか「荷物は端っこに固めよう」とか。こうしたマナーはどうして大切なんでしょうか?

セッションの中でこんな言葉が共有されました。

「放っておいても与えてもらえると思うのは幼児の発想、一流の人ほどマナーと主体性を重視する」と。

そっか。マナーの意味ってそこにあったんだ。そこに当たり前のレベルを高めようという普段の言葉かけの意味があったんだ。

そんな風に感じていました。

与えられることも有りがたい。それだけでなく、ほんの小さな気遣いができる。それだけで感謝のネットが広がる。

そう思うと、ちいさな気遣いはとても素敵な心配りだなぁと感じました。

できていないときに、「できていないじゃないか」ではなく、「ほんの小さな心配り」ができると「小さな気づきを大切にできるよ」と伝えられれば素敵だなぁと感じます。

みなさんも、ほんのちいさな気配り。大切にしてみてくださいね。

それではまた!

 

投稿者プロフィール

いぬい氏
いぬい氏
小学校・中学校でいじめを受け、自分のことが大嫌いだった。大学受験にも失敗し、希望も持てなかったが、大学での恩師との出会いが自分を変えていった。2015年より教師となり社会科教員として勤めながら「いじめ0」に向けて映画館にて年間50本以上の映画を見、レジェメを発信し続ける。
全ての子どもたちが「安心でき、良さを発見でき、成長を感じられ、サポートする立場になれる」よう共に育ち共に学ぶ共育スペースを創設する目標に向けて日々邁進中。