おはようございます!

いぬい氏です。

昨日は送別会の本番でした。

別れの時、自分がどんな風に人とかかわっていたのか。その集大成が時間に表れるのかもしれませんね。

先生ごとに「通知表」を手渡す場面があったのですが、その中で「誰もからも愛される人」ということを聞きつつ、「愛」について語る場面がありました。

あなたにとって「愛」とは何か?「Aさん好きです」「Bさん好きです」「Cさん好きです」といろんな人に対して「好き」という感情をぶつけることができると思います。しかし、「好き」という感情のレベルは人によって違うよね。と。

「愛」とは「その人と共有した時間」によって育まれて行くものだ。と。

どうでしょうか?「職場」に愛を感じて過ごしていますか?

いぬい氏は「必要としてくれている感を感じられた時間の長さ」=愛となっているのではないか?と思います。マズローの他者承認を得ることで、自分自身の自信を深めていく。その段階にいる状態です。先日映画「私はダニエル・ブレイク」を見てきました。この映画は「ダニエルという大工一筋のおじいちゃんが心臓の病にかかり、仕事ができなくなる。支援を申請するも、国の支援の枠組みには入らず、仕事ができないにもかかわらず求職活動をしなければならなくなる。そんな時、ロンドンから移り住んできたケイティと出会う。ケイティはもともと通信制の大学生であったが、子供2人、身寄りなしで逃げてきたことから、生活の術もない。困り果てた状態で、目の前のご飯すらまともに確保できない…支援を申請したが、拒否され、途方に暮れているところダニエルと出会う。その後…」

そんな話の中で、ケイティがダニエルの支援を拒否する場面がありました。

困り果てた先に紹介された風俗の店舗で働いているケイティをダニエルが訪問したときのことです。「あなたとこんな場所で会うことはできない。もしこの仕事に就くことに反対するならあなたとは会わない」と。

必要とされなくなったダニエルが急速に弱っていきました。年齢も全く違う愛かもしれませんが、愛を通じて、人はさらに成長したり、頑張ったりしようと思うのかもしれませんね。

愛…「必要とされている感」が感じられた時間の長さであるなら…。そんな時間が多くの人と共有できたらなぁと感じました。(くれぐれも二股とかはだめですよ?)

それではまた!

投稿者プロフィール

いぬい氏
いぬい氏
小学校・中学校でいじめを受け、自分のことが大嫌いだった。大学受験にも失敗し、希望も持てなかったが、大学での恩師との出会いが自分を変えていった。2015年より教師となり社会科教員として勤めながら「いじめ0」に向けて映画館にて年間50本以上の映画を見、レジェメを発信し続ける。
全ての子どもたちが「安心でき、良さを発見でき、成長を感じられ、サポートする立場になれる」よう共に育ち共に学ぶ共育スペースを創設する目標に向けて日々邁進中。